今回の展覧会は千葉市美術館の収蔵作品の中から時系列に展示されたものなので、展示されている作品の多くは千葉にいた時代に描かれたものでした。
50歳で奄美大島に移ってから描いた熱帯地方の圧倒されるような色や構図の作品を期待して行ったので、その期間の絵はチケットにある「アダンの海」一点だけで、正直なところ少しがっかりでした。
それは、事前に調べなかった自分が悪いので仕方ないことです。
展示自体は、作者の歩みを知るには興味深いものだったと思います。
純粋に絵描きとして描いた絵以外に おそらくお金を得るためと思われますが、帯に描いた絵やお雛様の色紙などあり、その中でも特に目を引いたのが、写真肖像画でした。
小さな写真から 鉛筆などで大きな肖像画に書き写したものです。
当時はこのような仕事を絵描きの人たちが請け負っていたらしいですが、さずが一流の絵描きさんが描いただけあって、描かれた肖像画、その人の人となりが感じられるような力のある絵に仕上がっていました。
また 田中一村が撮った写真も数枚あり、これがまたただのスナップ写真とは違い
そのまま絵に描き起こせるような構図でした。(多分絵にするなら、と考えながら撮っていたのかもしれません。)
田中一村という人、すばらしい日本画家ですが、現代に生きている若者だったら、超一流のグラフィックデザイナーやイラストレーターになっていたのでは、と思ったりしています。全くの個人的希望ですが・・・💦
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田中一村の略歴を書いておきます
明治41年 栃木県に生まれる。父親は彫刻家
大正3年 東京に転居、小さいころから画業や勉強にも秀でていた。
大正15年 東京美術学校(現在の東京芸大)に入学する2ヶ月で自主退学する。
・30才の時に千葉県に移住、家は裕福ではなく生活は大変なうえ、何度か入選はしたが、画家として世間に認められる子もなかった。
・50才で それまで一緒に住んでいた姉とも別れ 奄美大島に単身で移住する。
染物工場で働き、お金がたまると画材を買って絵を描く生活を続けた。
69才で逝去するまで、その絵が世に認められることはなかった。
田中一村展をみての感想でした。最後まで読んでいただいてありがとうございました。